企業経営とデザイン
時代の変化に合わせて企業も変わっていくことが求められる現在、めっきによる表面処理を祖業とする日東電化工業のなかで、スキンケアライフスタイルブランド「OSAJI」を成功させた茂田正和氏に、これからの企業経営とデザインについてお話を伺いました。
茂田正和(日東電化工業株式会社 専務取締兼株式会社OSAJI 代表取締役)
家業の日東電化工業の未来を考えた時に、このままで持続可能なのか?という問いを立てました。エンジン部品のメッキなどをやっている会社なので、いわゆる下請です。EV化など自動車産業の未来が不透明ななか、別の事業軸も必要ということでヘルスケア事業部を立上げ「OSAJI」という化粧品ブランドを軌道に乗せましたが、自社の持つ金属の表面加工技術を活かし、携わる従業員の雇用維持も考えて、「HEGE」というテーブルウェアのブランドを新たに立上げました。
これからはものを大量に消費する時代ではなく、ひとつのものを長く使うようになるでしょう。「HEGE」というブランドも、そういう文脈に位置づけたいと考えています。そこで大切になるのが、何を付加価値とするかを戦略的に定めることです。「OSAJI」が成功したこともあり、コンサルの依頼もちょくちょく来ますが、「とりあえずモノを作ったので売りたい」といった相談も多いのが実情です。自分たちが打ちだしたい価値はなにか、それを適正に評価してもらえるチャネルはどこか、お客さまに何をどう共感してもらえるか、といったことをまず考えることが大切です。
作る・売る・買うというサイクルのそれぞれに価値を伝える「編集」が必要となり、そこではクリエイティブな力が求められます。クリエイティブというと先天的に備わった才能だと誤解する人も多いと思いますが、私は後天的に獲得しうるものだと考えています。個人的に話になりますが、母が華道・茶道の家の生まれだったので、子どものころから私は日本的な美意識に触れていましたし、なぜか建築にも興味を持っていました。ただ今の私を創りあげたのはそれだけでなく、若い頃に身を置いた音楽業界やクラブカルチャーの、音楽・ファッション・アートがつながり、クリエイティブであることが当たり前な環境にあることは間違いありません。家業の製造業に戻った時はそうした感覚を自ら封印していたところがあったと思います。しかし新しい事業を創るということはクリエイティブなことなので、事業にデザイン思考やアート思考を活用することは、決して矛盾することではないと気づきました。
この間、小学校で「日本の工業生産のこれから」という授業をする機会がありました。おやつを買う時も、一体その商品がどんな思いでどうやって作られているのかを知って選択をしてみましょう、という話しをしたところ、とても共感してもらえました。事業は持続可能なものでなければいけませんし、持続可能であるためには、ミッション・ビジョン・パーパス・バリューを定めてそれを実現し続ける努力が必要です。特に若い世代はこうしたことに敏感です。製品の見た目が優れているからといって、彼ら/彼女たちはその企業に就職しようとは思いません。でももしWantedlyのような求職サービスに、若い世代が共感できるコンテンツを載せることができるなら、東京ではなく群馬で一緒に理想の実現を目指したいと思ってくれる若い人は必ずいます。これからは企業も生活者も一緒になってよい社会を創っていく時代です。そのための仲間作りという意味でも、ビジョンを定め、語れる物語を増やし、デザインを取り入れて効果的にコミュニケーションを図っていくことが、企業経営に求められているのだと感じています。
(インタビューをもとにDAW事務局で再構成)