建設業から見たアート・デザイン

インタビュー
2025.06.30

建築家が設計した建築物を実際のカタチとして作りあげる建設業界に身を置きつつ、早稲田大学大学院理工学研究科を修了され建築家としての顔も持つ青柳剛氏に、建設業界とアート・デザインの関係や、群馬パーセントフォーアートに対する期待についてお話を伺いました。

沼田土建社長 青柳剛(顔写真)

青柳 剛(沼田土建株式会社 取締役社長、一般社団法人群馬県建設業協会 会長、全国建設業協同組合連合会 会長)

建設業界の課題とアート・デザインの活用

建設業界には様々な課題があるが、それを突き詰めると「人」の問題に行き着く。人の問題とは、人材確保、技術の継承とレベルアップ、そしてやりがいの醸成など。これらの課題の解決に、アートやデザインは有用だと考えている。
例えば働く人のモチベーションを上げるだけでなく、建設業によいイメージを持ってもらうことを目的として、全国建設業協同組合連合会では、東京モード学園の協力を得て「全建協連ユニフォームデザインプロジェクト」をこれまで2回開催している。東京モード学園の学生を対象にした、思わず着たくなる・着ていることが自慢になるようなユニフォームのデザインコンペで、受賞したユニフォームのいくつかは実際に製作され、群馬県建設業協会の活動で使用している。

ユニフォーム

ユニフォームデザインプロジェクト:ポスター

技術の継承とレベルアップという点では、「職人育成塾・利根沼田テクノアカデミー」を立ち上げた。廃校をリノベーションした施設に、宮崎桂さんがデザインした、職人のシルエットをモチーフにしたサインシステムを導入するなど斬新なイメージを打ちだしており、これも建設業のイメージアップにも繋がる好例と自負している。第50回日本サインデザイン賞・最優秀賞も受賞した。

アカデミー

職人育成塾・利根沼田テクノアカデミー

また沼田土建では、「artistic construction:建築のチカラ 土木のチカラ 感動を伝えるアートです!」というスローガンのもと、ブランディングを進めている。ロゴマークや、ヘルメット・手ぬぐいのデザインを刷新するだけでなく、プロのカメラマンに現場の写真を撮ってもらい、それをイメージアップに活用している。こうした取組みを続けることで「沼田土建はデザインに気を配った会社」というイメージが浸透すれば、リクルート面での効果も期待できるだろう。

沼田

沼田土建:ブランディングポスター

アート・デザインの「見える化力」

アートやデザインには、伝えたいことを視覚的に表現する「見える化力」がある。その力をイメージアップに使ったのが、全国建設業協同組合連合会の「仮囲いデザインコンテスト」。白い無機質な仮囲いにデザインを施すことで、景観美化や賑わいの創出だけでなく、建設中の建築物に対する期待感を醸成する効果もある。また様々なメッセージを伝えるため、群馬県建設業協会では、マスコットキャラクター「ぐんケンくん」やコロナ対策の啓発ポスターなどをデザインして、効果的なコミュニケーションを図っている。

仮囲い

仮囲いデザインコンテスト:最優秀賞 東洋美術学校

「見える化力」はグラフィックデザインだけではない。群馬県建設業協会で作った避難所用のパーティション「KAMIKABE」は、実際に作ることで使い勝手の検証が出来て、具体物の強みからメディアにも取りあげられ、被災地で活用されることになった。

KAMIKABE

避難用パーティション「KAMIKABE」 ※デザイン:松井淳(前橋工科大学名誉教授)

アート・デザインに対する知見を深めるために

アートやデザインを活用するには、各々が知見を深めることが重要。建設業の現場であれば、優秀な建築家が設計した建築物を実際に作る過程において、建築家とバトルするくらいの気概で仕事をするなかで様々な知見が得られるし、竣工した時にそれが誇りとなる。但しこれは余談になるが、最近では現場の施工力が落ちてきていると同時に、建築家もあまり詳細な図面を描かなくなったという印象がある。これはまずい状況なので、建設を通して互いに高めあえる仕組みや関係を築くことが急務と考えている。
また単純なことはあるが、優れたアートやデザインに日常的に触れることも効果的だ。群馬県には著名建築家が設計した建築物がいくつもあり、そういう意味では恵まれた環境にある。群馬建設業協会の「群馬建設会館」も宮崎浩さんにお願いした。さらに群馬県建設業協会では、建築家を招いた講演会を定期的に開催している。優れた建築家の考えに触れることも、アートやデザインに対する素養を高める機会になるだろう。直近の坂茂さんの講演会には300名ほどが集まった。

群馬建築会館

群馬建設会館 ※設計:株式会社プランツアソシエイツ・宮崎浩

群馬パーセントフォーアートについて

よい取組みだからこそ、中長期的に継続する仕組みを作ることが重要だと考えている。優秀な仕掛け人がいると、こうしたプロジェクトは一気に加速する。例えば島根県益田市は、内藤廣さん設計の「グラントア」が出来たことで地域おこしが進んだ。しかしただ作るだけでなく、そこに関わるすべての人が幸せになる仕組みがないと長続きしない。建設業の立場からいうと、例えばアートやデザインを自社で活用したり、デザイン性の高い建築物の建設に関わった実績が、インセンティブとして入札参加時に加点ポイントになるとか。そうした実利も含めた仕組みがないと、なかなか積極的に協力しようという風にはならないのではないか。
また群馬県には著名建築家が設計した建築物がいくつもあると言ったが、それらはまだ点に留まっている。群馬県全体がアートやデザインの先進県になるには、個別の建築物を点でつないだり新たにアート特区を作るなど、面的展開が必要だろう。東京都の京橋1丁目東地区は都市再生特区として、戸田建設のTODA BUILDINGと隣接するミュージアムタワー京橋の2街区を「京橋彩区」と名づけ、芸術文化の発信拠点を目指している。前橋市では県庁-前橋駅都市空間デザインのコンペが進行中だが、そこにアート・デザインをどう組み込んでいくのか興味がある。

表現するために生きている

建築家時代から、自分は表現をするために生きている。文章を書くことも、会社経営も、建設業界での活動も、すべて表現するということを意識している。思いをカタチにして見せていくことの面白さをずっと追いかけてきた。アートやデザインは事業とは関係ないと思われるかたも多いかもしれないが、すべては繋がっているし、これからも自分の立場を活かして、面白いことを追求したいし、仕掛けていきたい。

(インタビューをもとにDAW事務局で再構成)